昨日、れいわ新選組において、所属の大西つねき氏の「失言」をめぐり、処分を決めるための総会が開かれました。詳細は党HPに掲載の記者会見に譲りますが、私からは自身の判断について共有します。総会に臨む前に地元のみならず、全国の実に多くの方々から本件についてご心配を頂き、貴重なご意見・ご提案を頂いておりました。重大な判断をするにあたって参考にさせて頂いた事、心より感謝申し上げます。

 総会では代表から除籍の提案があり、賛成が14、反対が2という結果になりましたが、私は反対のうちの一人でした。より正確に申しますと、除籍には反対する一方、離党勧告が妥当だと主張しました。以下に私の考えを申し述べます。

 まず、大西つねき氏の当該動画における発言内容がれいわ新選組の綱領に反する内容であることは疑いありません。また、大西氏本人が昨日の弁明時間中に謝罪を撤回したことからも、あれは本意ではないことを口走ってしまった「うっかりミス」ではなく、曲がりなりにも信条の発露であったことは間違いありません。大西氏が、れいわ新選組が掲げる反緊縮財政のビジョンを先導する役割を担っていたにも拘らず、世の中にお金を回して誰一人捨て置かれない社会を実現していこうというれいわ新選組の思いとは異なり、若者の労働力(供給能力)には限界があるから高齢者を念頭に命の選別は仕方なく、それをするのは政治だと考えていることはいまだに理解に苦しみます。また、総会の前の「当事者からの声を聞く会」や総会中の答弁を聞いていて、思った以上にれいわ新選組の考え方と乖離があることを感じました。耳を疑うような言葉や不遜な態度には冷静沈着と言われる私でも愕然とすることが何度もありました。普段、抽象概念の範囲では私も氏の考えに賛同することが多々あるのですが、現場感の欠如からくる無知を認めざるを得ませんでした。怒りに震え、涙する仲間も多くいました。ましてや、大西氏の言う命の選別対象ではないかと感じざるを得ない両参議院議員が、彼らが代表する方々の思いも含め、恐怖と怒りと悲しみに 打ちのめされている姿は見ているだけでつらいものがありました。

 採決にあたっては除籍に賛同してほしいという声もありました。しかし私が敢えて離党勧告という決断を下したのは、外形的(注1)に見れば、今回の大西氏の問題は思想の違いに過ぎず違法行為をしたわけでもなく政治倫理(注2)に悖る行動をしたわけでもないからです。除籍というのは政党として最も重い処分ですが、私としては常識に照らしよほどの問題行動(注3)でも起こさない限り、軽々に選択すべきものではないと考えています。今回、大西氏が断固としてれいわを離れないという態度を見せたなら、除籍という強行手段を取る必要もあったかもしれませんが、離党の意思を表明していた以上、党の綱領を守ろうとしない場合は(注4)一緒にやっていくことは不可能だというという理由で離党勧告をすれば「協議離婚」が成立するわけでそれで十分との判断です。

 山本代表や大多数の仲間達がそれでは足りない、除籍相当であるという判断をした気持ちも理解できます。特に、決死の覚悟でれいわを旗揚げした代表の思いからしたら許せないに決まっています。しかし私としては、処分は常に慎重にすべきという考えです。いろんな思想があって当然です。れいわ新選組として受け入れ難い思想も含めて。大西氏もれいわとは思想が違うから別々に活動をした方がいいと述べておられたので念のために確認したところ、違いを感じ始めたのはコロナがきっかけだったとのこと。もともと考え方は違ったが、コロナを機に表面化したということでしょう。「失言」によって多くの人を傷つけてしまったことは事実ですが、今、互いの違いに気づき、袂を分かつ事が決まりました。れいわ新選組は今まで以上に目指す社会像を明確にし、実現に向けて邁進するのみ、私もその一員として私のやり方で頑張ります。大西氏はご自身の信じる社会のあり方を追求されていけばいいし、それに賛同する方はそれなりにおられるでしょう。お互いに自分の方が正しいと思うのは当然ですが、相手は間違っていると叩き潰すのではなく、なぜそう思うのかを紐解き、それに対するアンチテーゼを提示し説得できるような技量をつけていきたいと思います。

 先ほど私のやり方で、と申し上げた点について付言します。ともすれば「過激な集団」と世間から捉えられがちなれいわ新選組ですが、私はその目指す社会に心から賛同し参加しました。れいわ新選組らしくない奴だと感じる方が多いことも承知しています。選挙で勝つことだけを目的にれいわに入った等、心無い言葉も頂きますが、そうでないことは私の選挙区状況を調べて頂ければ即座におわかり頂ける筈です。一般的には穏健保守・中道と見られその層にも一定のご理解を頂いている自分だからこそ、れいわの精神・政策への理解を広げていく役目があるのではないかと自負しています。自分達の主張をただ声高に叫び、わかる人にわかればいいと割り切ってしまうのは勿体ないです。れいわの外の方々にも届く言葉や態度に翻訳し、説明責任を果たしていくことが党の発展に繋がり、政策の実現に繋がる道だと確信しています。
れいわのスピリットは山本代表が誰よりも明快に発信しています。空気は読まない、既存与党にとっても野党にとっても面倒臭い存在であり続ける、同調圧力に屈しないのがれいわらしさであり存在意義です。私も今回、れいわの中で自分の思いを貫きました。ご批判もあるかとは思いますが、れいわの目指す社会を実現するための私なりの決断であることをご理解頂ければ幸いです。

(注1) 傍(はた)から見れば、一般的・客観的に見ればという意味です。安井自身がそう思っているわけではないが、そう見られる可能性があると申し上げています。
(注2) 原文では「倫理」と書いておりましたが、コメントを幾つか読ませて頂くと、これを「生命倫理」と読み込んだ方が多くいらしたようでしたので、より正確に「政治倫理」という言葉に置き換えました。
(注3) 原文では「問題」としていましたが、より正確に言えば、私としては目に見える形をイメージしているので問題行動としました。
(注4) 原文では「決定的に思想が違う場合は」としていましたが、熟考した結果、より正確に言えば、綱領を遵守する意思があるかどうかの問題だと思い至りました。