2011年5月27日 子ども手当の危機

子ども手当が危機だ。
民主党の主要政策の一つであり、政権交代の牽引役であった子ども手当が政争の具にされている。
予算の裏付けとなる特例公債法案の成立と引き換えに、自民・公明両党が子ども手当を人質とし、その骨抜きを迫っているのである。子ども手当は高速道路無料化、高校無償化、戸別所得補償と並んで“バラマキ4K”という不名誉な呼び方をされ、野党の攻撃の的となっている。野党はこの震災を民主党の主要政策を揺るがす好機と捉えているに他ならない。
民主党としても、既に先の一次補正予算の成立のために、子ども手当の見直しを含む三党政調会長合意を交わしているため、ある程度の譲歩を迫られても仕方のない状況に置かれている。

新聞各紙は連日、民主党が三党合意に基づき、子ども手当に関して公明党案を丸のみするかのような報道を繰り返している。この報道は正確ではない。実際、まだ自公の間で合意ができたかどうかという段階であり、民主党が交渉に参加するのは週明け以降である。また、党内で連日、子ども手当の今後のあり方について熱心な議論が行われているが、政調幹部も含め参加者は異口同音に、「錦の御旗を降ろしてはいけない」と主張しており、政調会長がこの声を無視しきれるとは思えない。

ちなみに公明党案とは、所得制限を導入し、月額給付を一万円に引き下げるというものである。ここから試算される予算総額は、1.8~1.9兆円であり、児童手当に戻した場合の2.1兆円をも下回る。子ども世代への投資額をOECD先進国並みのレベルに引き上げるという基本理念を曲げるべきではない。

さて、ここで私の子ども手当に関する考えを述べたいと思う。子ども手当に関して民主党が掲げている理念は、「すべての子どもの育ちを社会全体で支える」ことである。また、「控除から手当へ」の政策的な思想の下、所得税・住民税の「年少扶養控除」を廃止し、低所得者を直接支援する政策を既に実施してきた。

この2つの理念・思想は、民主党が選挙で国民と交わした約束を守る意味で重要なだけでなく、日本の公共政策が新たなフェーズ(段階)に突入したことを意味し、歴史的視点からも高く評価されるべき政策転換であり、自信と誇りを持つべきである。

ただ、財源に限りがあることを強く認識しなければならない。社会保障制度と税財政の改革は、党派を超えた国家的課題である。さらに、総選挙で国民から大きな期待を受け、衆議院では過半数を超える議席を獲得し政権交代を果たしたが、昨年の参議院選挙では厳しい結果を受け、国会での法案成立には、野党の理解が不可欠である。法案提案者は、国会審議も見据えた責任を負うものである。その意味では野党交渉にあたり、一歩も譲らない姿勢を貫くわけにはいかない。

子ども手当の協議が決裂したら、10月からは従前の児童手当に逆戻りしてしまうのである。即ち、所得制限があり、支給年齢の上限が中学3年生から小学校6年生に下がり、更に金額も激減する。

そもそも、子ども手当の理念が国民に正しく理解されているのか疑問である。上述したように、公共政策の新たなフェーズの入り口に差しかかった段階であり、この理念に若干の戸惑いを覚える国民も少なくないことは率直に認めるべきである。
特に、「社会全体で育てる」という理念が即ち、家族の存在の否定や親の責任放棄の容認を意図していないことを、「子供は両親が責任持って育てる」ことに拘る層に対し、丁寧に説明する必要がある。
また、子育て支援策が金銭給付のみで十分と考えているわけでないことを明確にするためにも、理念を噛み砕いた説明を行うことが、制度継続にあたっての与党議員の責任である。例えば、次世代に繋ぐ社会全体による協同連帯支援という方がすんなり受け入れやすいのではないだろうか。

尚、子ども手当は少子化対策ではないことは政府の公式見解であるにも拘らず、相変わらず、誤認している人が与党内ですら多い。野党が子ども手当に反対する理由の1つが少子化対策として効果がないということであるからには、ここの誤解もしっかり解いておく必要があろう。

それでは具体的にどうしたらよいか。理論的には、①所得制限をかける、②年少扶養控除を復活させる、③支給額を下げる、の3つの選択肢が考えられる。
まず、自民党が強く主張する①の所得制限の導入についてだが、仮に高所得者層上位2%(収入額1,464万円以上)を支給対象から外す所得制限をかけると、捻出される予算は、約540億円であり、峻別業務にかかる事務費等(100億円強)のコストを考慮すると、財政的な意義は極めて少ない。また、従前の児童手当と同水準の所得制限(収入額860万円)を課すとすると、そこから生じる収入階級割合は1割程度と予想され、捻出予算は約2,700億円と試算される。

②については、子ども手当導入を見越して年少扶養控除を廃した経緯から、その復活を求める声がある。だが、それは子ども手当の制度が10月以降継続できず、自動的に児童手当が復活した最悪のケースを想定しての主張である。年少扶養控除を復活させると、相対的に高額所得者が有利になり、支援が必要な人に直接的な支援が届かなくなる。その場合、低所得層に新たな支援策を講じることが必要となる。

①、②は財政的な意義も少なく、そもそも理念に反することから、③を検討することとなるが、現行ベースでも、3歳未満においては既に児童手当に比べて実質手取り額が減っている(だから23年度当初予算では3歳未満に対し7,000円の上積みを予定していた)ことから、これ以上の引き下げは本来あり得ない。
しかし、苦渋の選択肢として、3歳未満は現行通り、それ以上に対する支給を現行の10,000円に引き下げるという妥協案が考えられる。尚、これによって捻出される財源は5,000億円程度でありそもそも09年マニフェストでは月額26,000円としていたにも拘らず、税収が激減し、やむなく13,000円にしているところ、更に引き下げることはあってはならないのであるが、時限的な措置としてご理解頂くしかない。

しかし、である。これとて想定されている復興財源の規模とは桁違いであり、政治的な象徴に過ぎない。むしろ次代を担う世代へ誤ったメッセージを発信することに繋がり、百害あって一理なしである。ならばむしろ、他の財源を必死で探すことに傾注すべきではないか。
例えば国債整理基金から今年度の一般会計定率繰入れをやめ10兆円を捻出することは不可能ではない。財務省は財政規律を乱すという理由で特別会計に一切手をつけたがらないが、日本が今、未曾有の危機にあることを忘れてはいけない。そもそも基金はこういう非常時のために積み立てているのではないか。
錦の御旗を降ろしてしまったら、民主党は存在意義を失う。子ども手当を守るために野党が納得する規模の復興財源を他から必死で探すことが先決ではないか・・・これが私の本音である。

<お知らせ>
第1回 安井美沙子政経セミナー

参議院議員として国会に送って頂いてから、お陰様でまもなく1年を迎えます。これを機に、「安井美沙子政経セミナー」を開催させていただくことになりました。慶應義塾大学教授上山信一さんを講師にお招きし、「地方から考えるこれからの日本 ~3.11で何が変わるのか~」と題したテーマでご講演頂き、皆様と活発な意見交換もしたいと考えております。

日時:平成23年7月1日(金)18:30~
場所:メルパルク名古屋(名古屋市東区葵3-16-16)
会費:5,000円

詳細は第1回参議院議員安井美沙子政経セミナーのご案内をご覧ください。

*この催しは、政治資金規正法第8条の2に規定する政治資金パーティーです。

2011年5月25日 名古屋港国際バルク戦略港湾選定に向けて

97656f5cf47eaae66fbacfcbb9c8c8e1.jpg国際バルク戦略港湾検討委員会が26日午前中に開催されます。今回が最終の会合となり、評価表を基に政務三役が近日中に決定する可能性が高いです。
それに先立ち、大畠章宏国土交通大臣を大臣室に訪ね、選定に向けての申し入れを行いました。

大畠大臣は、名古屋港の整備により中部圏にもたらされる経済的影響は図り知れないほど大きいことはよく認識されていましたが、私から、東日本大震災の発生で名古屋港の重要性が増し、これまで以上に日本経済の牽引力となる覚悟と準備をしていたが、突然の総理の要請に基づく中部電力浜岡原子力発電所が停止となり、愛知県の経済界は緊急の対応に取り組んでいることを説明し、理解をいただきました。

総理は中部電力に浜岡原発停止を要請した根拠として、30年以内に巨大地震が起こる蓋然性が最も高い地域であることを示されました。この発言は極めて重く、中部経済圏への投資に慎重になることが容易に想像できます。実際、製造業の一部には県外・海外への移転も視野に入れて見直しを行っているがあり、空洞化による地域の雇用や技術継承への影響が懸念されます。

このネガティブな印象を払拭するためにも、政府の名古屋港への責任ある関与を地域として嘱望することは当然です。名古屋港を「国際バルク戦略港湾」に指定して、企業の計画的な設備投資を促し、経済活動の活性化、ひいては東日本大地震の復興のエンジン役となる中部経済の再生が期待できます。

面談には港湾局長も同席し、大臣からは、「中部電力浜岡原発停止の経済的影響も選定の際に考慮する」との発言もあり、前向きな感触でした。

2011年5月23日 東日本大震災対策本部避難所調査報告会

1f63a09f083b48fb5d98721c1377bb8a.jpg民主党東日本大地震対策本部震災ボランティア室による避難所調査が5月3日に行われ、67名の民主党国会議員が東北各地の避難所を訪問しました。私は福島県いわき市の避難所6カ所を訪問しました。
その調査報告会が国会で開催され、私も福島県の調査団の代表として概要報告と所感を述べさせていただきました。

官民様々な支援活動が活発に実施されていますが、他の地域を調査した同僚の国会議員の報告を聞くと、電気・水道の復旧がまだ完遂されていない地域があったり、ボランティアの数が安定しなかったり、食事の内容に偏りがあったりと、まだまだ改善の余地は大きいことが分かります。

行政の支援施策は公正の観点から一貫性や継続性が重要です。
一方、政治はひとつひとつの節目で結果を確実に残すことが役割と考えます。
今回の調査報告でひとつ明らかになったことは、情報不足です。
今後の対応として、例えば、国会議員一人ひとりに担当の被災地を与え、責任を持って政府からの情報提供と現地からの情報発信を行い、住環境の改善を図ることも一案ではないでしょうか。

2011年5月22日 岡崎市中央クリーンセンター完工式、愛知学童保育連絡協議会

8b9d0b5735c516f9ece986f858e9ed1e.jpg岡崎市中央クリーンセンター完工式に出席しました。
家庭系・事業系の可熱ごみをコンパクトな溶解炉で処理する施設です。
燃焼で発生した溶融物(スラグ・メタル)は資源として利用しますし、排出されたガスも蒸気タービン発電で施設内の電力に利用したり、電力会社に売却する予定です。


3187acef5db65039f6935bf6d242cc78.jpg今後の日本のエネルギー政策を考える上で先駆的な取り組みです。
午後、名古屋に戻り、愛知学童保育連絡協議会総会に出席しました。
5月11日オブザーバー出席した政府の「幼保一体化ワーキングチーム」の概要をお話しし、厚生労働省と文部科学省の利害調整や家族、NPOなど市民団体、自治体の役割と責任について私見を述べさせていただきました。


2011年5月21日 おいなぁ市、愛知県植樹祭に参加

c8907062bb1441b09c69fbb4b0886eea.jpg豊浜の魅力を多くの人に知っていただき、豊浜の水産物や農産物などの魅力を発信するイベント「おいなぁ市」にお邪魔しました。
「おいなぁ」とは豊浜の言葉で「おい」と人を呼び止めるときに使う言葉だそうで、気軽にたくさんの人が集まることを願って名付けたそうです。
主催者の「豊浜まちづくり会」の会長相川靖朗さんに会場をご案内いただきました。
ひじきの袋詰やひものなど豊浜漁協の海産物が販売されていました。
試食させていただいたオイルサーディンの瓶詰めは、一般的に缶詰で出回っているものと違い、あっさりとした味付けで至極の逸品でした。



07c952928e61d72c60b2e1f2362c6b3c.jpg豊浜漁港緑地で愛知県植樹祭を記念しての植樹を行い、引き続きの式典では、挨拶させていただきました。



38c4307d850dc80cb805f24aad4fb387.jpgみどり豊かな生活は快適な住環境であるだけでなく、土砂災害防止や水源の涵養などの観点からも重要です。さらに、近年、地球温暖化対策の視点から森林の役割が見直されてきています。
緑地、森林は地下水を生み出す役割を担っています。水を含めた国土資源は、国民生活の基盤であり、社会資本インフラとして政府と自治体が責任をもつべき資産です。日本は資源が少ない国といわれますが、人材と並んで森林や水には恵まれた資源国です。外国資本が日本の森林を買いに来ているとの情報も複数あり、国・都道府県で実態調査に乗り出した状況です。
このような動きも踏まえて、森林資源への認識を正し、重要性を自覚する機会として、植樹祭をとらえることができます。


2011年5月20日 豊根村立豊根中学校・富山中学校の修学旅行生と

鈴木克昌総務副大臣のご紹介で豊根村立豊根中学校と富山中学校の修学旅行生に国会でお会いしました。
参議院議員の選出方法や仕事内容について、生徒さんに質問して国会を身近に感じていただけるようお話ししました。

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午後は予算委員会に出席しました。
菅内閣総理大臣及び関係大臣等が出席して、東日本大震災・原発事故等に関する集中審議が行われました。
東京電力福島原子力発電所の事故による賠償スキームの具体的な策定には、事実関係の整理をしっかりした上で取り組まなければなりません。ひとつひとつの事実、そして情報の開示の方法を検証していきます。

委員会終了後、玄葉政調会長(国家戦略相)と党の男女共同参画調査会幹部との子ども手当に関する打ち合わせに出席しました。
現在「つなぎ法案」で昨年度の制度が延長している子ども手当の取り扱いについては、様々な意見が寄せられています。

与党の議員として強く感じることは、掲げる理念に基づいた政策の実現に向けて最大限の努力をするべきであると同時に、厳しい現実はしっかりと直視しなければならないということです。
子ども手当に関して民主党が掲げている理念は、「すべての子どもの育ちを社会全体で支える」ことです。また、「控除から手当へ」の政策的な思想の下、所得税・住民税の「年少扶養控除」を廃止し、低所得者を直接支援する政策を既に実施してきました。
この2つの理念・思想は、民主党が選挙で国民と交わした約束を守る意味で重要なだけでなく、日本の公共政策が新たなフェーズ(段階)に突入したことを意味し、歴史的視点からも高く評価されるべき政策転換であり、自信と誇りを持つべきです。
ただ、財源に限りがあることを強く認識しなければなりません。
さらに、総選挙で国民から大きな期待を受け、衆議院では過半数を超える議席を獲得し政権交代を果たしましたが、昨年の参議院選挙では厳しい結果を受け、国会での法案成立には、野党の理解が不可欠です。法案提案者は、国会審議も見据えた責任を負うものです。

この基本的な考えをしっかり踏まえた与野党協議でなければ国民の理解と支持は得られないと申し上げました。

2011年5月17日 犬山城下町調査・東レ労働組合での講演

8d10a37ccff9b68e1199795c6dabe35d.jpg午前中は犬山市役所を訪問し、都市再生整備計画のご担当者さんから、まちづくり交付金を活用した犬山城下町地区の再生事業を中心に都市計画事業の取り組み現状と課題についてヒアリングを受けました。
まちづくり交付金の導入により、道路、公園、下水道など細切れで補助金を獲得して事業を実施する時代は終わりを告げ、市町村が地域をひとつの面としてとらえて市民生活に必要な整備を責任をもって行うことが求められてきました。
犬山城下町地区は、まちづくり交付金事業の成功例として全国的にもよく知られており、私も以前からしっかりと調べたいと考えていました。
今後も自治体への権限移譲が進むと、都市計画を立案する首長と行政職員の責任は大きくなります。地域社会や経済への波及効果も視野に入れながら、実行可能な計画を作成するためには、NPOをはじめとする市民団体・組織との連携は重要になります。行政主導の都市計画作成ではなく、いかに市民が主体となったビジョンを構想できるかがカギとなります。
犬山城下町地区での取り組みが、先駆的事例のひとつとして、愛知県内の自治体や全国各地いい刺激を与えることを期待しています。

6587b82555c294cffb603d47302bcf54.jpg午後、東レ労働組合東海支部の会合にお招きいただき、東日本大震災への対応を中心に国政報告を行いました。
浜岡原発停止や東京電力賠償スキームについての党内議論の推移と私の考えをお伝えし、参加者からもご意見やご質問をいただきました。
いずれも現在進行形の問題であり、注視していかなければなりません。


2011年5月11日 安井美沙子との出会い

6b5e56ee2ab9b221a54fbfc6ea6909a7.jpg安井美沙子さんとお会いしました。
と言っても女優の安井美沙子さんです。
安井さんは、NHK大河ドラマ「江 ~姫たちの戦国~」に侍女役として出演されていました。
1985年生まれで、これからの活躍が期待される女優さんです。
愛知県出身で、クラシックバレエが趣味と共通の話題がたくさんあり、楽しい時間を過ごさせて頂きました。


2011年5月6日~8日 台湾訪問

8e5e10e787ebee835be9eda6ef69e490.jpg民主党の議員連盟「日本・台湾安保経済研究会」の一員として、「八田與一記念公園」完成式典に出席するため台湾を訪問しました。
八田與一氏は、台湾で「ダムの父」として、建築の業績はもちろん、その人柄も尊敬されています。それを称える記念公園の完成を、発案者でもある馬英九総統はじめ台湾の要人と日本からも与野党の国会議員などが多数参加してお祝いしました。

馬総統とは、ニューヨーク大学の同窓という関係で親近感を覚え意気投合しました。


2011年5月3日 被災者支援の状況調査

政府の被災者生活支援特別対策本部と民主党本部東北地方太平洋沖地震対策本部の共同調査の一環として、福島県いわき市に避難状況、現地の課題と政府の取り組み状況の巡回訪問調査に行きました。

487fb05863a94dab5e4b9ad6df87cbf7.jpgいわき市内の常磐地区内の避難所6ヶ所を訪問しました。避難施設は学校か公民館でした。
発災から54日を経て避難者の人数は激減しており、スペースの余裕がありました。
学校の体育館が避難所になっているため、一日も早く児童・生徒に使わせることが望ましいという考えの下、近々、公民館等への移動が計画されていました。これを二次避難と呼びます。

3月27日に他地区の避難所を訪問した際に比べ、避難所の皆さんの様子はだいぶ落ち着いている印象を受けました。
当時はガソリン・灯油不足に加え、食料・衣類も十分とは言えない状況でした。被災当時の恐怖体験や家族を亡くしたショックが強い段階でした。
それ以降、行政とボランティア経由で支援物資は一巡し、医療へのアクセスも確保され、何より冬の厳しい寒さが去り、時間の経過が人々を強くしていったのかと感じました。しかしながら、決して安心していいとは思えません。
仮設住宅や民間アパートに移れる人はごく僅かで、大方の人は同じ場所か、或いは二次避難場所でこれまで通り、床にマットを敷き、家族以外の人々と寝食を共にしていく、プライバシーの殆どない、ストレスの多い生活を続けなければならないのです。
空腹になることはありませんが、おかずは今でも保存食(レトルト食品)中心で、新鮮な野菜や肉類、乳製品、野菜、果実をバランス良く摂取できる状況からは程遠いです。
また、余震の恐怖等から、夜は睡眠薬、昼は精神安定剤を常用している人も多い印象を受けました。さらに今後の生活の見通しが立たない不安からくるストレスはかなりのものです。
これからは被災者の生活の再建と心のケアを十分に図っていかなければなりません。

5e01cad6e5296c805433562a86c14f06.jpgひとつの取り組みを見て、考えさせられる避難所がありました。
避難所になっているひとつの小学校の校長は、避難者が体育館で生活することを教育視点から積極的にとらえ、学校活動と共存する方法を展開していました。具体的には、体育館の半分は避難者の生活スペースとし、残り半分を学校の式典や体育に使い、さらにその学校行事の多くに避難者も参加し、児童達と日常的に交流していました。また、PTAからの避難者に新鮮な食材等の差し入れも絶えず、新たなコミュニティーが形成されつつありました。
子どもにとって震災や共同生活、人との交流を深く理解する格好の機会を大事にしないといけないと校長が考え、このような取り組みを実施していました。
避難者の方も子どもの存在が力になっているようで表情は明るい印象を受けました。

しかし、こんな避難所は例外中の例外です。
体育館の床にこれ以上避難者達を寝かして平気でいるわけにはいきません。
二次避難で新たなストレスを抱えるのは気の毒です。とにかく住む場所を早急に確保することが重要です。
仮設住宅に時間が掛かるなら、公営住宅でも民間アパートでもよいから、家賃補助等、柔軟に対応して数を確保すべきです。

そして被災者の不安は何と言っても今後の生活の見通しです。
政府に期待することは生活補償でした。

仮設住宅入居に際しての条件や手続きが、被災家屋の認定基準や被災者の生活実態を反映できずにいるという指摘も直接耳にしました。認定についてはキメの細かい対応が必要であると同時に、被災者が日常生活に戻った後も、巡回訪問等で、フォローをしていく必要があることを痛感しました。

2011年5月2日 第一次補正予算成立

cc6f609f425d034a70181ca7fed8886d.jpg昨日に続き予算委員会で補正予算の質疑を行い、午後の本会議で全会一致で可決成立しました。
3月下旬に宮城県気仙沼市で見た高く積み上げられた瓦礫は脳裏から離れることはありません。
速やかに復旧に必要な予算が現地で有効に使われることを願っています。